父
数年前から、親父が介護施設の世話になっている。
郊外の施設で静かに暮らしているが、月に一度、尿道カーテルを交換してもらうために近くの総合病院へ行かねばならない。
幸い、献身的な母がいろいろ世話を焼いてくれ、兄弟も多いから、それが順番に面倒を見ていた。
ところが、子供たちも年を取ってくるといろいろ厄介なことを抱え出す。
「今回はあんたが手伝いに来てよ」
母から指名がかかった。
ホームに迎えに行って、タクシーで10分ほどの病院へ連れて行く。
カーテルを取り替えたら、またホームまで連れ戻す。
それが、ミッションだから、時間の拘束はあるものの、さほどの苦労はない。
そう甘く見ていた。
9時にホームについて、車椅子に乗せ、病院へ。
受付けを済ませたのが9時40分頃だった。
いろいろあっても昼には店に戻れるだろうと思っていたが、とんでもない。
結局、順番が回ってきたのが午後1時10分。3時間半の待ち時間だった。
完全にボケた親父は息子の名前も思い出せない。こちらの顔をじっと見ると脳裏の奥から何かが湧いてくるのか、頭をかいてうめき声をあげる。
長時間待たされると、そこにじっとしていることに飽きるようで、ロックのかかった車椅子を自分で解除して、どこかに行こうとする。
仕方がないから、待ち患者でごった返した病院内をゆるゆると車椅子を押した。
他の患者さんの迷惑にならぬよう、30分も歩きまわっただろうか。
廊下の左手に手すりがあると、それをつかんでグッと引っ張るのが好きなようだった。
何一つ会話はなく、何か見てうめく父の背中を見ながら、自分が生まれたばかりの頃、父が笑いながら抱いてくれていた様子を想像した。